東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)108号 判決
一 請求の原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
(一) 本願発明の要旨、各引用例の記載内容が審決認定のとおりであること、各引用例が本願の優先権主張日である昭和三四年二月六日以前に国内に頒布された刊行物であること、Sio2が絶縁物であることが公知であつたことはいずれも当事者間に争いがない。
(二) そこで、本願発明は、構成の点からみて第一ないし第三引用例の記載から容易に想到できるといえるかどうかについて検討する。
1 まず、本願発明の(a)の部分が第一引用例記載の半導体装置と実質的に同一であるとする審決の判断の当否について考えることとする。
(1) 当事者間に争いのない本願発明の要旨によると、本願発明の(a)の部分は、キヤパシタ及び一つ以上の他の回路素子の電気的性質を発する様に用いられた分離領域を中或いは上に有する単一の結晶半導体物質より成るものであることは前記のとおりであるが、成立に争いのない甲第二号証(本願発明についての特許出願公告公報)によれば、右の「分離領域」の意義について直接定義もしくは説明した記載は本願明細書のどこにも見当らないけれども、発明の詳細な説明欄に「本発明は少く共一つがキヤパシタである複数個の回路素子を中或いは上に有する半導体物質より成る半導体装置に係るものである」(前記公報一頁左欄21~23行)、「本発明の特別な概念に於いては電気回路の成分は半導体の比較的薄い板か或いはその一面近くに形成される。」(同一頁左欄24~25行)、「本発明に於いて重要なことは成形の思想である。この成形の着想は回路に於いて各成分間の必要な絶縁を得て、成分を決定する事が可能である。或いは換言すれば与えられた成分に利用される区域を決定することが可能である。成形は与えられた回路に於いて幾多の異つた方法の一つ或いはそれ以上で完成される。これらの色々な方法は半導体物質の部分の実際的な除去を含みL型、U型等の長い狭い半導体物質の形状と、電流流通のための低抵抗性流路を設けるため不純物の拡散に依る真の半導体物質(本判決注、真性半導体のことを指すとおもわれる。)の選択的転換と、或る導電型の半導体物質を逆の導電性へ選択的に変換しそれにより形成されたP―n接合が電流の障壁として働く事に依り特徴づけられている。如何なる場合にも成形の効果は電流に対し直接的にするか制限するか(本判決注、電流流路を定めるか制限するか、の意味とおもわれる。)し半導体物質の単一の薄板に於いて他の方法では得られない回路の組立を得せしむるのである。」(同公報一頁左欄25~40行)、「結果としては最終の回路は本質的に平面状に配備せられる。」(同公報一頁左欄40~41行)、「……本発明は電気回路の小型化に本質的に関するものである。」(同一頁右欄5~6行)という記載が認められ、これらの記載と図面およびこれについての「第一~五図は単一体の半導体物質に一本化され、或いはその部分を構成する色々の回路成分を示した図で特に第二図aは他の図に示した何れかの成分と一体化されてもよい本発明に依るキヤパシターを示した図である」(同公報一頁左欄16~19行)等の説明をあわせると、本願発明は単一の結晶半導体物質の薄板に、右の成形の思想により、一体化回路を構成すべき各成分(回路素子)間の必要な絶縁を確保するとともに各成分に利用される領域を定め劃し、しかも少なくともそのうちの一つがキヤパシタ(第二図a参照)である複数個の回路素子を薄板の中或いは上に存せしめることにより、本質的に平面状に回路素子が配備されている小型化された一体化回路半導体装置(いわゆる半導体集積回路)を提供することを目的とするものであり、キヤパシタに利用される領域とその他の回路素子に利用される領域は単一の半導体物質の薄板の中かその一面近くにおいて互いに回路素子としての機能を果たすために必要な絶縁を得べく成形の思想により場所的空間的に分離されて設けられるものであると認められる。したがつて前記「分離領域」は場所的空間的に分離した領域を意味し、キヤパシタのための領域を含むこのような「分離領域」が、複数であり半導体物質の「中或いは上に」存在することが本願発明の要件をなしていると解される。(被告は、「分離領域」の「分離」は電気的分離を意味すると主張しているが、異つた回路素子が全く同一の場所的空間に設けられるときはそれぞれの回路素子としての機能を発揮するのに必要な程度の電気的絶縁ないし電気的分離が得られない筈であるから、分離の意味するところを、原告主張のように場所的分離と把えるのと被告主張のように電気的分離と把えるのとの間には実質的な差異はないといつて差支えない。)
そこで、「中或いは上に」の「上」の意味についてみると、前記甲第二号証、とりわけその一頁左欄24~25行の前記記載部分ならびに第一図から第五図aまでの図面とこれに関する説明部分(公報一頁右欄11~二頁右欄38行)によれば、本願発明は一体化さるべきキヤパシタ(第二図a)および一つ以上の他の回路素子のすべてが単一の半導体物質に実質的に組みこまれたモノリシツクな一体化回路半導体装置に関するものであることは認められるけれども、同号証によれば、本願の明細書(図面を含む。)中には「中或いは上に」につき明確に定義ないし説明がなされていないことが認められるから、「中」とは「単一の結晶半導体物質の薄板の中」を意味し、「上」とは「単一の結晶半導体物質の薄板の上」を意味すると解釈するのが自然であり、前記「本発明の特別な概念に於いては電気回路の成分は半導体の比較的薄い板か或いはその一面近くに形成される。」(公報一頁左欄24~25行)の記載も右と異なる解釈をすべきものとはいえない。
(なお、本願明細書の第三図が本願発明にかかる半導体装置の全体構成を示す実施例であるかどうかについては当事者間に争いがあるが、前記甲第二号証によると、第三図の分布抵抗―蓄電器回路網は第二図aの誘電体蓄電器と一体化さるべき他の回路素子に該当することが認められる。しかしながら、他面、第三図のものそれ自体が第二図aの誘電体蓄電器と第一図の抵抗素子とを一体化したものとみることも可能である。)
それ故、「中或いは上に」の「上」とは、原告主張のように「単一の結晶半導体物質の薄板の中の上面近く」を意味するものである、と限定解釈することはできず、したがつて半導体物質が「中或いは上に」分離領域を有しているということには、キヤパシタ或いは他の回路素子が半導体物質の上に乗せられている状態は含まれない、と解釈することはできない。
(2) ところで、当事者間に争いがない第一引用例の記載内容によれば、第一引用例の技術内容は、ほぼ<省略>インチ平方で<省略>インチ厚のシリコン小片を用い、これに不純物を添加してP―n―P構造とし、種々の部分を除去して比較的高抵抗性材料の薄いブリツジ部分を残すことにより、二つのエミツタホロア出力を有するフリツプフロツプを構成するための四つのP―n―Pトランジスタと、これらのトランジスタのエミツタ負荷およびコレクタ負荷を形成する高抵抗通路とをすべて単一のシリコン小片中に一体的に組みこむとともに、さらにシリコン小片の一表面上に導電性材料、抵抗性材料および誘電性材料(誘電体物質)の薄膜を蒸着することによつて、他の抵抗やキヤパシタを形成して成る固体回路(全体としてフリツプフロツプ回路としての機能をもつ半導体物質ブロツクによる機能回路ユニツト)であることが認められる。
そうすると、第一引用例におけるフリツプフロツプ回路を構成する四つのトランジスタとそのエミツタ負荷、コレクタ負荷を形成する各高抵抗通路は、すべて単一のシリコン小片中に一体化して形成されていてモノリシツクな一体化構造をなすことは明らかであるところ、このシリコン小片の中に形成された各トランジスタの領域と蒸着によりシリコン小片の一表面上に形成されたキヤパシタの領域とは、相互に場所的空間的に分離されており、両領域間は必要な電気的絶縁がなされていると推認できる。(なお、前記第一引用例の記載内容によれば、それぞれのトランジスタの領域を劃定すべく不純物を添加し、エミツタ負荷、コレクタ負荷を形成する高抵抗通路を劃定するためシリコン小片を部分的に除去する方法がとられているとみられるが、これは本願明細書にいう前記成形の思想と共通するものがあるといえる。)したがつて、右トランジスタ或いは高抵抗通路の各領域とキヤパシタの領域とは、それぞれシリコン小片の「中或いは上に」設けられた「分離領域」に該当するにほかならず、また右のトランジスタや高抵抗通路がキヤパシタに対し他の回路素子としての電気的性質を発することは多言を要しない。
(3) そうすると、本願発明の(a)の部分は、第一引用例記載の半導体装置と実質的に同一であるとした審決の判断に誤りはない。
2 つぎに、本願発明の(b)の部分が、第二引用例と第三引用例を組み合わせることによつて容易に想到できるといえるかどうかについて考えることとする。
当事者間に争いのない本願発明の要旨によると、本願発明の(b)の部分は、「前記キヤパシタ(本判決注、本願発明の(a)の部分のキヤパシタ)が前記半導体物質(本判決注、本願発明の(a)の部分の単一の結晶半導体物質)の一部より成る一極板と、前記一極板上の酸化シリコン誘電体物質と、該誘電体物質上の導電物質より成る他の極板とを具備する」ことを要件とするものであるところ、審決は、右本願発明の(b)の部分は、第二引用例に記載されたコンデンサ(キヤパシタ)の構成において強誘電体層23に第三引用例記載のSio2を使用したものと同一であり、第二引用例と第三引用例を組み合わせることによつて容易に想到できる旨の判断をしたものであることは成立に争いのない甲第一号証により明らかである。
ところで、第二、第三引用例に審決認定のような記載と図示(審決理由の要旨参照)のあること、Sio2は絶縁物であることが公知であつたことは当事者間に争いがない(二(一)参照)ところ、コンデンサないしキヤパシタとは、中間に誘電体物質(強誘電体物質もこの一種)を介在させ少なくとも二つの極板を対設した構造をもち、その呈する静電容量という電気的特性が利用されるものであることは技術常識であるから、一般的には、二つの極板の間に強誘電体を介在させてなるコンデンサの構造において強誘電体に代えて通常の誘電体であるSio2を使用することは、格別のことがない限り、当業者にとつて容易であると考えられる。
そこで、本件の場合、原告のいうような事情(事実欄第二・一・(四)1(2)―ないしⅲ)を容易想到の認定を妨ぐべき格別の事情といえるかどうかについて検討する。
(1) まず、第二引用例の装置から構成要素15・23及び24のみを恣意的に切り離してこの他の引用例と組み合わせ本願発明の構成要件と比較することは誤りである旨の原告の主張について考えるに、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例は半導体信号転換装置、特に情報を蓄積するために用いうる信号切換装置に関するものであり、右の装置における半導体表面領域15、強誘電体層23および金属電極24はこの半導体転換装置における記憶作用を営む部分として欠くことのできない要素であり、この部分を含む全体構成によつてはじめてその発明の目的すなわち信号転換のために用いられる半導体装置を改良すること、情報を切り換え蓄積するための装置を簡単にすること等の目的に適う作用効果を奏しうるものであることが認められるけれども、第二引用例には審決認定のとおり「……表面領域15の半導体材料と金属電極24がコンデンサのプレートとして動作し、またその間に位置する強誘電体23がコンデンサ誘電体を構成する」との記載とその構造の図示があり(このことは当事者間に争いがないことは前に述べたとおりである)、これによれば半導体の表面領域15、強誘電体層23、金属電極24の部分がコンデンサすなわちキヤパシタとしての構成を有し、キヤパシタとして機能する旨が明確に述べられているのであるから、右半導体の表面領域15、強誘電体層23、金属電極24の部分が前記半導体信号転換装置の他の部分と不可分のものであるか否かにかかわらず、審決が前記部分に着目し、これをそのままキヤパシタの一種として他の引用例と組み合わせて本願発明の(b)の部分との対比に用いたことは正当であり、もとより恣意的な対比であるとはいえない。
(2) つぎに、第二引用例の装置では強誘電体層23が装置の記憶機能を達成するために不可缺で、それに代えて強誘電体でないSio2を使用することは当業者ならばありえないとの原告の主張について考えるに、第二引用例は半導体信号転換装置に関するものであることは前記のとおりであり、前記甲第四号証によれば、第二引用例記載の装置においてはその記憶機能を発揮するため強誘電体物質の静電ヒステリシス特性を利用するものであることが認められる(甲第四号証一頁2欄11~25行、訳文五頁8行~六頁6行参照)ところ、成立に争いのない甲第九号証によれば強誘電体ではないSio2には右のような特性がないことがうかがわれるけれども、審決は、第二引用例の装置の目的を達成するため強誘電体に代えてSio2を用いることが容易だとしたものではなく、考察の対象をもつぱらコンデンサに限り、第二引用例にコンデンサが記載されており、さらにSio2が誘電体として公知である以上、第二引用例記載のコンデンサに代えてSio2を用いることが容易だとしたものに過ぎないことは前記甲第一号証により明らかであるから、原告の主張は審決の引用の趣旨をふまえたものとはいい難く、失当というほかない。(なお、前記甲第一号証によれば、審決理由中には「……強誘電体として二酸化シリコンを使用することは……」という表現がなされている個所があることが認められるけれども、前後の説示をみると、審決はSio2を強誘電体と誤認したものではなく、第二引用例の強誘電体に代えてSio2を用いコンデンサを構成することについて述べたものであることが認められる。)
(3) さらに、第二引用例にはキヤパシタが記載されていない旨の原告の主張について考えるに、第二引用例には半導体表面領域15、強誘電体層23、金属電極24からなるコンデンサ(キヤパシタ)の構成が示され、かつコンデンサとして機能する旨明確に記されていることは前記のとおりである。
なお、前に述べたとおり、第二引用例記載の装置はキヤパシタ部分の強誘電体のもつ静電ヒステリシス特性を利用して記憶機能を発揮しようとするものであるから、右のキヤパシタ部分は汎用の電気部品のキヤパシタと言い難いことは確かである。
しかしながら、前記部分が構成上も機能上もキヤパシタであることが前記のとおりである以上、誘電体としての性質をもつことが公知であつた(このことは当事者間に争いがない)Sio2を第二引用例の強誘電体23の代わりに用いたキヤパシタを想到することは容易であるといわなければならない。
そうすると、前記容易想到の認定を妨ぐべき格別の事情は認められないとみることができ、本願発明の(b)の部分は第二引用例に記載されたコンデンサの構成における強誘電体に第三引用例記載のSio2を使用したものと同一で、第二引用例と第三引用例から容易に想到できるとした判断に誤りはない。
3 さらに、第二引用例と第三引用例を組み合わせることによつて構成したコンデンサを、さらに第一引用例記載の装置と組み合わせた本願発明が容易であるとした審決の判断にも誤りはない。これを攻撃する原告の主張は、本願発明の(a)の部分それ自体が、キヤパシタおよび他の一つ以上の回路素子がいずれも半導体物質中に組みこまれている場合に限定され、キヤパシタおよびその他の一つ以上の回路素子が半導体物質の中ではなく、その上に形成される場合を含まないことを前提としているが、右の前提が成立しないことは前に述べたとおりである。
4 ところが、原告は、本願発明は第一ないし第三引用例を組み合わせることにより容易に想到できるとした審決の思考過程が不自然かつ不合理であると主張する。
しかしながら、前記甲三、四号証および成立に争いのない甲第五号証(第三引用例)によれば、第一ないし第三引用例はいずれも半導体装置に関するものであることが認められるところ、本願発明は、第二引用例と第三引用例の組み合わせによりこれを(b)部分のキヤパシタとし、これを第一引用例記載のものと実質的に同一の(a)部分のキヤパシタとして用いること、すなわち誘電体物質として酸化シリコン(Sio2)を選択し、かつ単一の結晶半導体物質の一部を一極板とするキヤパシタを組み込んだ一体化回路半導体装置を構成することは、容易に想到できるとした審決の思考過程には論理的飛躍や矛盾がなく、何ら不自然、不合理の点はない。
(三) そこで、本願発明は結局容易に発明できたとはみれない程度の顕著な作用効果を奏するかどうかについて検討するのに、原告主張の(1)の効果については前記甲第二号証(前記特許出願公告公報)に明記されていないことが認められるのみならず、これらは第一ないし第三引用例からも当然予測しうる程度のものであるから顕著な効果とはいえないし、また原告主張(2)の効果についても、前記甲第二号証によれば本願明細書中に明記されていないものであることが認められるのみならず、仮りにこれらの効果を奏しうるとしても、これらは誘電体として特にSio2を用いてキヤパシタを構成したことに基づく作用効果とは認め難く、むしろ通常のキヤパシタ、すなわち常誘電体一般を二つの極板間に介在させてなるキヤパシタが、誘電体として特に強誘電体を用いたキヤパシタとの対比において有する作用効果であるとみられる。したがつて、これも顕著な作用効果とはいいえない。
そうすると、本願発明は、第一ないし第三引用例の組合わせにより容易に発明できるものとした審決の判断は正当として是認できるものであり、審決を取り消すべき事由はない。
三 よつて、原告の請求を棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(a) キヤパシタ及び一つ以上の他の回路素子の電気的性質を発する様に用いられた分離領域を中或いは上に有する単一の結晶半導体物質より成り、(b) 上記キヤパシタは上記半導体物質の一部より成る一極板と、前記一極板上の酸化シリコン誘電体物質と、該誘電体物質上の導電物質より成る他の極板とを具備する半導体装置